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渋谷 道玄坂 道玄坂は東京都渋谷区にあっけん坂の名前ならびに地名。郵便番号な、150-0043。 ■概要(地区) 一丁目及び二丁目かあっけん。地区としてからな、北に宇田川町、東にJR渋谷駅、南に桜丘町、南平台町、西に円山町に接しゅるばい。 地区の大部分ば緩やかいな傾斜地か占め、概ね東の渋谷川方向に下る傾向かあっけん。元々、店舗系の商業地か殆んどば占めるか、近年、業務系のフロアかえらいたくさんば占めるビルも目立つ。繁華性は概してから高い。 幹線道路な、下記玉川通りの他、国道246号線に接しゅるか、そん他は狭隘な道路も散見しゃれ、系統性はさっちしもよくなか。 ■概要 (坂) 坂な、上は玉川通りの道玄坂上交差点がら、下は渋谷駅前までたい。 名前の由来な、和田義盛の残党であっけん大和田太郎道玄がらとゆう説 [1]と、道玄庵とゆう寺の名前がらとゆう説の2つかあっけん。 坂下にはターミナルであっけん渋谷駅かいり、坂の沿道には109やらなんやら東急系の大型店舗・施設ば中心に飲食店や雑居ビル、映画館やらなんやらかえらいたくさん立ち並んでいるばい。通りがら文化村通りへつなかる道玄坂小路には風俗店や飲食店、交番前交差点がら円山町と接してからBunkamura方面につなかるランブリングストリート沿いにはライブハウスやラブホテルか密集しゅる地域もいり、狭い範囲なからもいろいろな顔ば持つ地域たい。 ■町名の起立 1970年4月1日、住居表示実施。大和田町と上通三丁目・四丁目、南平台町、円山町、栄通一丁目・二丁目、桜丘町の各一部ば統合。 ■旧跡忠 ▼・ェ・▼ハチ公の銅像。 新詩社趾。 与謝野鉄幹・与謝野晶子の旧居趾。晶子の歌集『みだれ髪』の編集・発行かなしゃれたばい。 ■道玄坂を舞台にした作品 『怪人二十面相』江戸川乱歩 - 二十面相の隠れ家か道玄坂にいったばい。 『幻魔大戦』平井和正 - 主人公東丈の主催しゅるGENKENの所在地か道玄坂。 『悪霊シリーズ』小野不由美 -主人公谷山麻衣のバイト先、「SPR(渋谷サイキックリサーチ)」の所在地か道玄坂。 『みみずのたはこと(水汲み)』徳冨蘆花「余り腕か痛かけん、東京に出たついでに、渋谷の道玄坂で天秤棒ば買つて帰つたばい。」 『九月十月十一月』太宰治「銀座通りといふ賑やかいな美しいまちかあっけん。堂々のデパアトもあっけん。道玄坂歩いてゐる気持たい。」 『文学的自叙伝』林芙美子「三、四ヶ月で馘(くび)になり、あたきは両親と一緒に神楽坂だの道玄坂だのに雑貨の夜店ば出しゅに至ったんやけん。」 『青服の男』甲賀三郎「暖くなりよった春の宵、望月刑事は別の事件で上京してから、渋谷の道玄坂の通りば歩いとった。」 『堕落論』坂口安吾「道玄坂でな、坂の中途にどげんやら爆撃のもけんはなく自動車にひき殺しゃれたと思われる死体か倒れており、一枚のトタンかかぶしぇてあっけん。」 『武蔵野』国木田独歩「ぼぐか考えには武蔵野の詩趣ば描くにはかいならずこん町外れば一の題目としぇねばならぬと思うとよ。そいやったら君か住まわれた渋谷の道玄坂の近傍、目黒の行人坂、また君とぼぐと散歩したことの多か早稲田の鬼子母神いたりの町、新宿、白金……」 『砂かき』竹久夢二「夜も昼も道玄坂ばしゅしゃバリい響ばたてゝ下つていつた陸軍の軍用タンクの自動車な、あたきの頭に異常な不安ば殘したと見えて、いつばってん夜ふけてあん響ば聞くと、實に荒唐無稽な恐怖におしょはれるばい。」 『綺堂むかし語り(箙の梅)』岡本綺堂「渋谷の道玄坂辺はえらく繁昌で、なして、なして、こん辺どころやなかよ」 『晶子詩篇全集(街に住みて)』與謝野晶子「かかる時、たとへば渋谷の道玄坂の如(ごと)く、突きいたりて曲る、行手の見えざる広き坂ば、今結びし藁鞋の紐の切目しゅかしゅかしく、男も女も脚絆してから足早に上(のぼ)りゆく旅姿こしょばかしがらめ。」 『海野十三敗戦日記』海野十三「通りより道玄坂の右っかわ側ば通りて下りるばい。戦災の焼いとに店続々と出来てものしゅごき勢いなり。」 『東京人の堕落時代』夢野久作「東京はこぎゃん風に、大人の享楽主義の天国であっけんごと、少年少女の花の都たい。牛込の神楽坂、渋谷の道玄坂、神田の神保町付近、本郷の湯島天神いたりの夜な、今でんそげな気分の「淀み」ば作っとる。」 『海豚と河豚』佐藤垢石「これ(鯨肉)ば友達数人と、道玄坂のしゃる割烹店へ提げ込んばってん、ここでは残念なことに、船で食べたっちゃんような調理の旨味ばだしとってくれなかったのたい。」 『恋の道玄坂』並木路子「道玄坂ば舞台に、昭和61年コロムビアがら発表しゃれた楽曲。」 |